元旦は地元の氏神神社・
吉川八幡神社へ
初詣に行って参りました。
ここはご神馬がいるのです。
令和8年は丙午とのことで
ご神馬のいる神社は
ご神馬めぐりの
ポスターを出していました。

ご神馬がいる神社は
全国で15社だけなのです。
吉川八幡神社は
ご神馬が来て7年目です。
下は北海道から到着直後の
いづめ様(当時満一歳)

今年の吉川八幡神社は
ご神馬のいる神社紹介の
テレビや広告の宣伝効果で
他府県からの参拝客が増えて
例年にない長蛇の列が
できていました。


吉川八幡神社は
駐車場がありません。
妙見口駅前に
有料駐車場がありますが
たくさん停められません。
能勢電車の妙見口駅から
徒歩にて参拝されることを
お勧めします。

ここの神社は参拝客に
御祈祷してくださるのです。
わたしは夫と並んで
ご本殿の正面に座りました。
(ここは写真撮影OKです)

神主さんが丙午の話を
してくださいました。

いわゆる丙午に生まれた子は忌み嫌われるとのうわさは完全な迷信です。丙は火で陽、午は南の方角で太陽が極まるため、最も勢いあるよい年なのです。


八幡神社の神様は応神天皇です。ここ吉川八幡神社の南の方向には仁徳天皇陵があります。お父さんの応神天皇が息子の仁徳天皇を見守っておられるのですよ。


この時代は大阪に難波宮がありました。現在の神社は平安時代からはじまったので、難波宮の時代とは異なりますが、神社のルーツは応神天皇の時代にあるのです。

と教えてくださいました。
神主さんは時計を確認され

今ちょうど正午です。真上に太陽が来ている最も太陽の気が高まった良いタイミングで参拝されましたね。
と話してくださいました。
「わたしは応神天皇さんと
仁徳天皇さんにご縁があります。
良いお話を聞かせていただいて
ありがとうございました」
と申し上げました。
神主さんは
「勉強した甲斐がありました」
と喜んでおられました。

丙午の令和8年元旦の
最も太陽の気が極まる
正午に
地元の八幡神社で
御祈祷を受けた偶然は
もちろん必然ですよ。

丙午が忌み嫌われた
理由は単純で
月を崇める闇側が
最も勢いのある太陽を
恐れたからです。
応神天皇は
宇宙の根源神と同一神で
宇宙の正義を司る太陽神・
素戔嗚命でもあります。
応神天皇の生まれ変わりの
小林芙蓉さんが創建された
艮金明神社も
お参りしてまいりました。

艮=北東(鬼門)は
水の神様です。
この神様も
強力な浄化作用があるため
闇側に恐れられて
艮の方向に
封じられたのです。
令和になってから
水の神の封印が解除され
さらに丙午の火と陽で
闇が暴かれてまいります。

艮金明神社の御本殿は
芙蓉殿です。
芙蓉とは
蓮の花のことです。
蓮の花は人間よりも
はるかに進化を遂げた
生命体の一つです。

実は馬も
これ以上進化しない
生命体なのです。
馬が神様として
崇められてきたのは
進化を極めた種族
だからです。
日本にはもともと
馬はいませんでした。
馬を日本にもたらしたのは
応神天皇の時代なのです。

この時代は
今から1600年前の
古墳時代中期にあたります。
突如巨大前方後円墳が
つくられはじめた時代です。
この時代に
百済から先進技術を携えた
職人集団の秦氏が
馬を船に乗せて
日本に帰ってきたのです。

馬は当時最新の国防と
情報ツールでありました。
彼らが命がけで馬を
日本に持ち込んだのは
国体護持のためでした。

応神天皇に
雄雌一対の馬を
献上された記録が
『日本書紀』にあり、
応神天皇陵周辺で馬の鞍が
発掘されたことから
馬と応神天皇は
深いつながりがあるのです。
くわしくは
拙著『ひふみのしくみ』
「ひふみのしくみyoutube」
でお伝えしています。
ブログにも書いています。
とても大事なことなので
また書きます!

令和5、6、7年を
乗り越えて迎えた
末広がりの令和8年は
馬力を出す年です。
今年のひふみのしくみは
鼻息を荒くして
お伝えしてまいりますね。

ここからは
わたしが開発しました
すみわたるきれいの告知です。
馬とともに
藻塩を作る技術も
日本に入ってきました。
馬を飼育するには
塩が必要だからです。
藻塩づくりの技術は
秦氏のルーツである
縄文がルーツなのです。
藻塩は
自己主張しない塩味で
まろやかな旨味が特徴です。

すみわたるきれいを
2個以上のご注文で
送料無料に
させていただきます。
これを機会に
すみわたるきれいを
ご利用くださいね!

今年もご愛顧いただき
感謝しています。
