怨みを暗号化して芸術に昇華してきた日本の伝統芸能

ひふみのしくみ勉強会 歴史と政治の本質

いつもひふみのしくみに
ご訪問いただきありがとうございます。
今年の梅雨は降る降らないが極端で、
水害に遭われた地域もありますが、
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

湿気と日差しと高温で
体調不良が多発しています。
屋外で活動される方は、
首の後ろを冷やすとよいですよ。
タオルに保冷剤などを当てて
後頚部に巻いてみてください。
「頭寒足熱」の字のごとく
頭は冷やして、
足は温めるのが基本ですよ。
四字熟語は知恵の宝庫ですね!

金峰山寺


ひふみのしくみ読者様は
創造性に長けた方が
多いように思います。
内に感じた印象や想像を
具体化することが好きだったり、
得意だったりしませんか。

それは
創作することかもしれませんし、
五感に訴える表現かもしれません。
しくみを構築することかもしれません。
いずれも
創造力をはたらかせる作業です。

金峰山寺


日本人ははじまりの民族なので、
オリジナルを生み出す役割を
担ってきました。
その動機は
よろこび、しあわせといった、
プラスのエネルギーを
表現しようとする欲求です。
そこには一点の曇りのない、
最高の表現を追求しようとする
心の発動があります。

吉野神宮


その表現物に触れると、
作者と同調することができます。
これが好きだなと感じたり、
なぜかとても気になったり、
魂に響く感動を覚えたりするのは
一種のテレパシーでありまして、
日本人はこれを
以心伝心と呼んできました。
この伝達法は、
発信者と受信者に共通する
コードがあれば可能なのです。
発信者と受信者が
時代や距離を超えていても
情報を共有できるのです。

吉野神宮


原理(法則)は一つですが、
すべては陰陽で成り立つ世界ですから、
創造性も逆バージョンがあり、
邪念を込めることもできるわけです。
現在の地上波テレビは
事実を反転させてネガティブな
情報を発信しています。

テレビは終戦後に
日本に普及した装置ですが、
昭和の作品の多くは
人間に肉薄したドラマが
視聴者の心を掴みました。
いつの時代も多くの人々に
称賛された作品のほとんどは
人間の本質に迫るテーマ
であることは普遍です。

吉水神社


昭和の映画やアニメは
手書きだったので
制作者の思いをじかに
感じ取ることができました。

一方、CGを駆使した作品は、
映像技術が売りなので
SFや人間を超えた存在を
表現するのに向いているようです。
手書きではないためか
生身の人間が感じられにくく、
映像に過剰な情報が込められすぎて
脳は情報処理に忙しいため、
感情を味わう作業が
弱いように感じます。

吉水神社


昭和の作品に触れていると、
人間そのものに迫る作品の原典は、
古典芸能や伝統芸術に
たどり着くことに気づかされます。
なぜならこれらの創作には、
人間界のタブーを
直接的に表現するのではなく、
その本質を暗号化して
埋め込んでいるからです。


たとえば文楽や歌舞伎では
大化の改新を題材にした
妹背山婦女庭訓いもせやまおんなていきん』、
能では天の岩戸隠れを『三輪』に、
上方落語では『崇徳院』といった
宮中のタブーを主題にしています。

六代目 笑福亭 松喬 / 崇徳院


これらの演目でわかるように、
地球が闇の周期にある間、
日本人が被ってきた
「怨み」「屈辱」を
忘れぬよう芸能に暗号化して
伝えてきた側面があります。
芸能は歴史の裏方に転じた者の
職業でした。
日本の伝統芸能は
怨みを芸術に昇華してしまう
特徴があるのです。


例えば
わが国最大の怨霊にされた崇徳院を
宮中では長らく恐怖してきましたが
庶民は恐怖するのではなく、
崇徳院が詠んだ美しい和歌を
笑いのネタにしてしまうことで
ハッピーエンドに転化させて
怨念を鎮めてきたのです。
その手法はネガティブを
ポジティブに反転させる
日本人特有の手法です。

白峰神宮


わが国が
悪魔に主導権を握らせたことで
被った悲劇を忘れまじとする
怒りの凄まじさを
芸術に昇華してきたのは、
破壊的な負のエネルギーを
生来備わった創造性で
正のエネルギーに
転化してしまえることを
知っていたからでしょう。
その芸術を磨き上げることで
怨みを美しさに変容させたのです。
観客はそれを感じて涙するのです。


日本人には
思い出したくない悲惨な過去や
理不尽で辛い記憶は
山ほどあります。
それらを消し去ってしまわず、
あえて芸能の演目にして
後世に伝えてきたのは、
闇の周期では解決できない問題も、
必ず解決できる日が来ることを
願っていたからと思うのです。

宝山寺


その希望を託されたのが、
今のわたしたち日本人です。
やっと
解決できる段階に来たことを
素直によろこびましょう。
そうすれば内側の神、
先祖はよろこばれます。
わたしは心からそう感じます。
何より自分がうれしいのです。

ここまでこれたことに、
ホンマによう頑張ってきたと、
自分をほめてあげましょうよ!

今回も最後までお読みいただき
ありがとうございます。

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