神武天皇は饒速日命が禅譲した女系天皇。➡女系天皇が不可である理由

神武東征と縄文神


前回の続きです。


神武天皇は
女神の天照大神の
5代孫であるとし、
その皇統が
2600年以上続く皇統を
絶やしてはならないと
国は主張しています。

令和7年 橿原神宮


しかしそれ以前に
神とは何か
血統とは何かを
国民に説明する必要が
あります。

皇位継承について
国民の総意を得るには
そこからはじめなければ
なりません。


さて神武天皇は
女系天皇と書きましたが
少子化の今は男系男子に
こだわらなくてもいいやん
と考える人がいます。

そういう人は
無知ゆえに法則(神)を
無視しているのです。

ちなみに
共産主義者は
神や霊を否定しています。
彼らは
人間の本質は肉体であり
死んだら無になると考える
物質的価値観なのです。

そのため
霊的法則を無視して
自己中心的な考えに
なるのです。


長男が生まれなければ
家が絶えてしまうことを
知っていたわが国の先祖は
長男が授かるために
懸命に神頼みをしたり
側室との間に
男子をもうけたりして
お家断絶を
回避してきたのです。


長男を
継承者とする理由は
長男は父方祖父と
母の分け御霊であり
両家をつなぐ魂
だからです。


長男は先祖代々
父方祖父と
霊的に結ばれているため
家を守る知恵を
持っているのです。

よってどんな場合も
親は長男を守ることで
家が守られるのです。

国の建て直しは家族から
生國魂神社


弟たちは
分家の初代となります。
生まれた長男は
分家の継承者として
子々孫々するのです。


長男は親に孝行し
弟は親ではなく
長男に孝行することが
筋道となります。


娘は父方祖母の
分け御霊です。

長女が家を継げないのは
家系の記憶媒体である
Y遺伝子を
持たないからです。

そのため長男が
生まれなかった家は
身分の貴賤を問わず
絶えたことになるのです。


旧家や資産家は
家を絶やさないために
婿養子を迎えて
家をつないできましたが
その家は霊的に見れば
本家でもなく
分家でもないのです。

だからこそ
600年も遡らなければ
先祖が繋がらない元皇族を
養子に迎える案は
国家の根幹を揺るがす
問題になるのです。

今城塚古墳


ではその本質を
説明してまいりましょう。

娘と婿養子の間に
生まれた長男が
母方の姓を名乗り
母方の跡継ぎになれば
その子は女系男子
となります。

しかし
女系男子であっても
その本質は
男系(婿側)の
分け御霊です。

婿養子との間に生まれた
女系長男であっても
母方祖父(外祖父)の魂を
受け継ぐことはできません。


女系天皇が
認められないのは
人間の本質は霊であり
霊は男系によって
受け継がれる
しくみである以上
霊統が婿側に
変わってしまうからです。

饒速日命が神武天皇に
禅譲したのが
神から人の世に転換した
神話の筋書です。


1300年前の
書記官・ふひと
唐人の藤原不比等。

天武系天皇の側近で
文武・聖武天皇の
外祖父だった彼は
絶大な政治権力を握り
『日本書紀』編纂に
介入できた人物。



男は太陽、女は月

太陽神を女神にすり替えて
天皇の始祖とした時点で
初代天皇は女系なのです。

石切神社


神武天皇が
即位する前の縄文時代は
饒速日命(大国主)が
国づくりした
ヒノモトでした。

饒速日命(大国主)
の始祖は
素戔嗚命なのです。

日下遺跡


つまり男系の
素戔嗚命の系譜から
女系のアマテラスの
系譜への
転換プログラムが
天の岩戸開き神話と
国譲り神話と
神武東征。


これらの神話を根拠に
初代神武天皇即位年と
正式に定めたのが
昭和15年の
皇紀2600年記念式典。

わが国は
神武東征ゆかりの土地に
神武天皇の顕彰碑を建てて
大東亜戦争に
突き進んでいったのです。



続きます。

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