熊騒動は
生態系の不均衡
その原因は
地球のひな型
日本にあるのだ
男系と女系の
逆転した主従関係が
地球のあらゆる事象に
不調和を生むのである
両者は
共存が不可能ゆえに
主従を正した上で
棲み分けが必要なのだ

わたしは先日の日曜日に
東京に向けての準備のため
夫と外出していました。
すると出先で携帯が鳴り
夫の姉に呼び出されました。
姉は高津に住んでいるのです。
これは来なさい
ということやねんな…

高津宮の神様は
仁徳天皇なのです。
姉宅へは高津宮を通るため
さすがに素通りできず
お参りすることにしました。

階段を上がると
七五三のご祈祷中でした。
そこでわたしは
本殿の片隅でご祈祷に
あやかることにしました。

今回の東京行は
遊びのためではありません。
仁徳天皇をはじめ
歴代天皇と根源神の
お使いのためなのです。
本当は東京へは来年、
遊びで行きたいな~
と思っていたのですが
今年のうちに急きょ
行くことになったのです。

今回の東京への経緯は
ひふみのしくみ講演会youtubeで
お伝えしています。
ぜひご視聴くださいね。

仁徳天皇の御代はまだ
わが国に寄生族がいなかった
清らかな時代でした。
そのため天皇は
国土開発、農水産業、
衣食住、国防のために
渡来氏族の秦氏を重用し
わが国を豊かにしました。
天皇は
民を大御宝と呼んで大切にし
奴隷にはしませんでした。

この時代の大王(天皇)
古代豪族、秦氏に
共通するのは
男系であることでした。
彼らは
男女、上下、左右、内外の
主従関係を守っていたので
外国の先進技術を採用しても
外国と同じような支配体系は
採用しませんでした。

仁徳天皇は
神は民のために君を与えた
と仰せのとおり、
神のしもべとして
はたらかれたのです。
民をわが子と慈しむ
親としての在り方で。

さてわたしは
高津宮を出てから
法円坂(難波宮跡)経由で
大阪城公園を通過しました。

法円坂遺跡には
大阪歴史博物館とNHKが
抱き合わせで建っています。

ここが古墳時代中期(5世紀)
仁徳天皇の
政治の中心地だったのです。

仁徳さんは
饒速日命の器となって
我が国を豊かにしましたが
飛鳥時代(645年)に
大化の改新が起きて
外国人主導による
外国の政治(唐の律令制)が
採用されたのです。

かつて仁徳さんが
政治を執った難波宮は
約200年後に
唐の政治家によって
唐の政治に
転換したのです。

歴史の本質は
主導権の奪い合いです。
現在の日本政府が
外国に追随して
外国人を優遇し
外国人のための
政治システムなのは
女系が男系を封じてきた
外戚政治の結果です。
(外戚=母方・妻の家系=女系)

そのはじまりは
天皇と藤原氏が
血脈を交えた7世紀。
それ以降、
男系主導を封じ込めて
成立した女神主導の
政治体系でした。

神界は宇宙の計画通りに
女神主導から男神主導へ
転換しましたが
人間界は嫉妬が強すぎて
男神主導に抵抗しています。
嫉妬は太陽に逆らった
反日なので
太陽の回転方向と逆の
右回転システムです。
これを正すために
仁徳天皇からはじまった
歴代天皇ネットワークで
国を建て直されるのです。

では
東京へ行って参ります。
仁徳天皇さんの記事を
貼っておきますね。




