⑤水の女神たちのミッション。いざ東京ー千葉・銚子へ(銚子漁港編)

歴史と政治の本質


前回の続きです。


犬吠埼から
銚子の漁港へ。

到着したのは
午後2時すぎ。

銚子漁港の海は
台風でかき混ぜられて
鉛色になっていました。


台風の翌日は
休みだったのか
わかりませんが
漁船がたくさん
泊まっていました。


銚子は日本有数の
水揚げ量を誇る
漁港の一つ。

2025年は三年ぶりの
日本一でした。

銚子漁港のマグロは
すべて生で
出荷するのが特徴です。

そして
5月から7月には
「入梅イワシ」と呼ばれる
脂がのったマイワシが
たくさん捕れるのです。


イワシが大量に
捕れる海には
マグロやカモメが
たくさん集まってくる。

その理由は
銚子の沖合は黒潮が
最後に離れていく場所で
冬でも温かい気候だから。

そして
利根川から注ぐ栄養塩と
海水が混合するために
大量のプランクトンが
発生する漁場だからです。


銚子の漁業は
江戸時代はじめ
(約350年前)に
紀州の漁師たちが
魚を追っていくうちに
銚子に移住したことから
はじまりました。

紀州の人々は
漁業だけでなく
醤油を作る知恵も
持っていました。

そのため銚子でも
醤油づくりが
盛んになったのです。


銚子から帰った翌日に
醤油をいただいたので
よく見てみましたら
醤油発祥の地
湯浅醤油

と書いてありました。


銚子に移住した人々は
湯浅の人だったの
かもしれません。

紀州人の
醤油づくりと漁業が
発達した背景には
徳川御三家紀州藩の
保護を受けたことも
影響していたようです。
参考はこちら。


かつての利根川は
東京湾に注いでおり
江戸の町に水害を
もたらしていました。

徳川家康は
利根川を銚子へ流す
治水計画をたて
60年の年月をかけて
東遷工事を行いました。

これによって
江戸と利根川が
水路で直結したために
銚子の鮮魚と醤油が
江戸に運ばれたのでした。


これらのことは
銚子に来てみて
わかったことですが
いちばんの楽しみは
漁港でいただく海の幸。


カモメさんが
ごはんを食べている
姿を見ていると
急に空腹になり
食事処を探し求めて
車を走らせました。


残念ながら食事処は
ほとんどがお休み。
開いているお店は
長蛇の列でした。

時刻は午後3時前。
並ぶのをやめて
銚子ポートタワーへ。
その横には
シーフードレストラン
がありました。


手頃なお値段に
迷わず入店。

こちらが
人気№1の海鮮丼。


かなりのボリュームと
はじめての生マグロに
ビックリ。

つやつやの赤身は
くせがまったくなく
もっちりな触感。
どのネタも大変
美味でございました。


一連のレポートは
見える世界の
基礎知識にすぎません。

見える世界を知ってこそ
見えない領域がわかる。

そして大事なことは
見えない領域は
過去現在未来がなく
はるかに情報量が
多いということです。

水の女神たちの
ミッションのまとめは
次のページに続きますよ!


ここで
イベントのお知らせです。
10月25日(日)に
大阪扇町公園にて
すみわたるきれいの
出店・販売します。
詳しくは公式インスタにて。

大阪グリーンマーケット Osaka Green Market

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